2010年1月17日日曜日

センター試験

 昨日、今日はセンター試験だった。今年も昨年と同じく英語、国語(現代文のみ)を解いてみた。

 結果は英語170点(200点満点)、国語85点(100点満点)だった。昨年(175/81)とそう変わらないか。

 英語は難しくないのだが、日経新聞の文字が小さくて、読むのに時間がかかったこともある。(これは言い訳だが。)

 それにしても、55万人が受けるとはすごい試験だ。現役が約80%で、高校生の約4割が受けていることになる。

 しかし、昔は新聞の小さい文字を読むのは苦にならなかったのだが。これも年を取ったため?でしょうか。

2010年1月11日月曜日

洛星中学・高校のこと

 この正月に、母校の同窓会会誌を実家から持ってきた。(住所が古いままだったのだ。)

 久しぶりに読んだのだが、現役生はなかなか頑張っているようで安心した。大学進学情報をみると、最近は4分の1が医学部を受験するらしい。

 昔から医学部志望者は多かったが、ここまでの割合ではなかった気がする。まあ全卒業生の10%は医者という話だし、医者の息子が多いからでしょうか。

 そういえば同窓会で毎年夏に「東京の集い」というのがあるのだが、久しく参加していない。今年辺り出席してみようかな。
 

2010年1月10日日曜日

桂離宮のこと

 昨日、NHKハイビジョンで桂離宮の番組をやっていた。録画して見たのだが、とても良かった。

 桂離宮については、井上章一『つくられた桂離宮神話』ぐらいしか知らなかったのだが、是非参観したいと思った。

 回遊式庭園、建物(古書院、中書院、新御殿)は当時の文化(粋、綺麗)の頂点を示すものだろう。今は宮内庁が管理しているが、末永く保存して欲しいものだ。

明治神宮、テオブロマのことなど

 今日は昼から妻と明治神宮に行ってきた。昨年もこの時期に参拝している。今年は例年より混んでいた。やはり不況だと神頼みが多くなるのだろうか?

 今年も清正井(清正の井戸)に行こうと思ったのだが、何と5時間待ち!!とのことで止めた。何でも昨年末にTVで紹介されて以来、運気が上がる場所としてすごい人気らしい。

 まあどうでも良いのだが、新年早々うんざりする出来事ではある。1、2ヶ月すると元に戻るだろう。そのころ行くことにしようか。

 その後、代々木公園まで歩いて「テオブロマ」でお茶をしてきた。ここが本店らしい。店内は混んでいたが、幸いテーブルが空いていた。ここのチョコレートはとても美味しくて、妻は広尾の店に時々行っている。

 明治神宮とテオブロマの写真をアップしよう。





 



 

2010年1月4日月曜日

冬の京都(南禅寺、永観堂、ル・グランマーブル)

 12月30日は家族で京都に行った。帰省の途中に寄ったのだが、南禅寺、永観堂などを散策した。

 年末ということもあり、どこも空いていた。はやし屋で昼食をとった後、南禅寺に行った。ここでは天授庵の庭が印象に残った。禅寺の枯山水(水の無い庭。石や砂で山水を表現する)は、冬に見るのが良いものだ。

 永観堂は、紅葉とみかえり阿弥陀が有名だが、いつもは混んでいるこのお寺も空いていた。しかし、阿弥陀堂までの階段は勾配が急で、お年寄りには大変だろうと思う。エレベータ設置らしい工事中だったが、なるほどこれは必要でしょう。

 南禅寺の天授庵と永観堂、そしてル・グランマーブル(ここのパンが妻のお気に入りだ)の写真を貼ろう。




 

2010年1月1日金曜日

年末の読書-マイケル・イネスなど

 新年明けましておめでとうございます。 

 この年末は『ある詩人への挽歌』(マイケル・イネス)を読んだ。この本-現代教養文庫-は大分前に買ったのだが、読んでいなかったのだ。

 『探偵たちよ スパイたちよ』(丸谷才一編)を久しぶりに読んだのだが、その中にイネスについて書かれていたので、思い出したのだ。

 舞台はスコットランドの田舎にある城だが、雪深いクリスマスの、荒涼とした風景が目に浮かぶ描写は見事なものだ。こうした重厚なミステリは、まとまった休みでないと手に取る気にはなれない。

 まあこうした本はなかなか売れないだろう。現代教養文庫も今は無い。ハヤカワ文庫には是非頑張ってほしい、そしてイネスの本も出して欲しいと思っているのだが。

 

2009年12月27日日曜日

12月の読書-チャンドラーなど

 12月は何かと忙しく、このブログも大分空いてしまった。

 今月は、主にR・チャンドラーを読んでいた。村上春樹氏が『リトル・シスター』を早く訳してくれないかと思いつつ、『高い窓』、『プレイバック』、『湖中の女』を読んだのだ。

 チャンドラーはミステリ小説の書き手としては、実に傑出していると-勿論以前からだが-感じた。小説は本質的に、放恣な夢でありしかも(ここが大事)魂の告白という面を持っている。(丸谷才一氏)

 チャンドラーの書く物語も、村上春樹が評している通り、「魂の交流の物語であり、(中略)人の抱く美しい幻想と、それがいやおうもなくもたらすことになる深い幻滅の物語なのだ。」(『ロング・グッドバイ』)

 たかがミステリと馬鹿にはできないだろう。こうした人々の琴線に触れる面が無ければ、これほど長い間多くの読者を魅了し続けることはできないと思う。