今日はお盆で休みだ。久しぶりに『裏声で歌へ君が代』丸谷才一著を読んだ。読み応えのある長編をゆっくり読むのは良いものだ。
この小説では国家論が様々に議論されるのだが、その中にこういう意見が出てくる。
「民衆が、民衆を、民衆のために統治する民主主義は、結局のところ大衆社会というものにいきついてしまうでしょう。大衆社会とは、一言で言えば、あくどい娯楽を民衆が待ち望んでいる社会です。…(中略)治めることと治められることを同一人物が2つするというのは話に無理があります。…古代的な、少数者による政治のほうが、うまくいくような気がします。」
最初に読んだ時から、ここは印象に残っていた。後半はともかく、前半はそういう一面があることを否定できないと思う。
最近の、世間を賑わせている事件はそのよい例ではないだろうか。いや個人的には、この事件ではピエール・ブルデューのいうハビトゥスや文化的再生産を強く感じたのだが。
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